大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(行ナ)30号 判決

原告 幡谷醤油合資会社

被告 特許庁長官

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二、事  実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、昭和二十五年抗告審判第四七八号事件について特許庁が昭和二十七年九月三十日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とするとの判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十四年五月十一日別紙図面に記載してある、内側に細線で亀甲廓を有する肉太の亀甲廓内に、特殊の書体で「武」の文字を表わして成る商標につき、第四十一類醤油を指定商品として、商標登録の出願をしたところ、(昭和二十四年商標登録願第七六九四号事件)拒絶査定を受けたので、昭和二十五年九月十一日抗告審判の請求をしたが、(昭和二十五年抗告審判第四七八号事件)特許庁は、昭和二十七年九月三十日「本件抗告審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、審決書謄本は、同年十月二日原告に送達せられた。

二、審決は、登録第一二一二四六号商標を引用し、原告の商標と引用商標とを比照するに、両者の構成は、(中略)二重枠の亀甲図形は、全く同一の程度で表わしてあり、かつ、「武」の文字においても彼此相まぎらわしいので、離隔してみるときは、取引者は勿論、需要者間においても誤信せしめるものというを相当とし、外観上互に類似商標たるを免れない。また観念上よりみるときは、構成要素とその態様が、それぞれ極めて近似しているものであるから、取引上その観念においても、彼此まぎらわしく、観念上互に類似商標と認めざるを得ない。次に称呼上よりみるときは、原告は、両商標は、永年使用の結果、原告の商標は「キツコータケ」と称呼し、引用の商標は「キツコーブ」と称呼して、取引者及び需要者の間において誤信せしめたことは、全然ないものであるといつているが、その提出に係る証拠物件では、一定地域内では、その事実が認められるのみで、国内のどこでも両商標は、このような称呼に限られているものとは認めるに由なく、新規開拓販売先においては、いずれも「キツコータケ」又は「キツコーブ」とも称呼される虞あることは、商取引の経験則に照し明らかであるから、両者の称呼は、共通する場合もあるといわざるを得ない。故に称呼上においても、互に類似商標たるを免れない、と説示している。

三、しかしながら、審決は、左の理由により、違法であつて、取り消さなければならない。

(一)  審決は、商標の類否判断の基準を誤つたものである。商標が類似するかどうかは、取引の通念によつて決定しなければならない。けだし商標の類否は、取引上の問題であるからである。(大審院昭和四年十二月十七日、同年十二月二十四日判決参照)これを本件について見るに、原告の実際使用の商標は、甲第百十七号証に示す態様のものであつて、副商標として、甲第百十八号証に示す態様のものを併用しているのに対し、引用の商標の実際使用されているものは、甲第七十四号証及び甲第七十五号証に示す態様のものである。右原告の実際使用のものと、引用登録商標の実際使用のものとを比照すれば、両者は決して混同誤認の虞はない。このことは、右各号証を机上で観察するだけでは審究し得るものでなく、必ずや証人訊問の結果と併せ考察しなければならないのに、審判においては、原告の申請にかかる全証人の取調をなさず、審理の不尽を免れない。

また商標の類似性は、商標自体のみにより、これを決すべきものではなく、実際の取引を参酌して決すべきである。(大審院大正十五年五月十四日、昭和六年五月十五日、昭和十四年十二月二十七日判決参照)けだし、外部的事情の如何は、商標類否の決定に少なからぬ影響を及ぼすからである。購買者の種類によつて、商標類似の決定が異つて来るのは顕著な事実であつて、本件の商品醤油の商標の如きについては、主婦の細心の注目の的となり、比較的小さい相違でも、類似でないことになる。

称呼が互に類似するとの審決の理由も、実際使用の両商標は、前述のように、明確にその発音が各商標中に明記されているから、誤まつて称呼される虞は全然ない。

(二)  原告の商標は、引用商標と類似しないものであるから、その登録を許容すべきである。引用商標は、登録第一五一二四号商標の更新登録されたものであつて、当初明治三十二年十一月二十一日の登録に係り、大正九年十一月二十二日存続期間が満了するところ、大正九年七月六日更新登録出願同年十月十一日更新登録、更に昭和十四年十二月一日第二回の更新登録出願、同十五年一月二十二日更新登録となつたものである。そして右第一回の更新登録出願当時(大正九年)には、原告の前主武石郁次郎の権利に属した登録第四四三〇五号商標権が存続中であつて、同商標は、原告の本願の商標と同一の構成である。故に当時特許庁では、右更新登録出願にかかる商標と、当時権利存続中の既登録の第四四三〇五号とは類似しないとの認定のもとに、更新登録を許容したものである。(旧商標法第七条第二項、第十一条、第三条第一項参照)すなわち原告の商標に対し、特許庁が類似なりとして引用した登録第一二一二四六号商標は、その更新登録出願当時には、特許庁は、類似にあらずと認定している。しかるに原告の前主が有した登録第四四三〇五号商標は、引用登録商標の更新登録以前の登録第一五一二四号商標より後に出願せられ、商標法第三条第二項の適用によつて登録されたもので、出願当時(明治四十三年)には、両商標は類似であると認定されていたものであるが、その後多年の間善意の使用により、両商標のけん別性が生じたものに外ならぬ。すなわち両商標は、二十年間併存し、五十数年間各別に使用を継続し来りたることは疑のない事実であつて、しかも未だかつて商品の誤認混同を生じなかつたのみならず、また将来も誤認混同の虞が生ずるいわれのないことは、多言を待たないのである。そして商品の誤認混同の虞がなければ、商標法にいわゆる類似商標が成立しないことは、学説判例の一致するところである。審決は、明かに商標類否の判断を誤つた違法がある。

(三)  審決は、証拠調の法則に違背し、引いて審理不尽理由不備の違法がある。すなわち原告は、抗告審判係属中甲第一号証ないし第百十九号証を提出したのにかかわらず、甲第一号証ないし甲第七十三号証を審理の資料としていない。

また審決は、その理由中において、前に述べたように、「その提出に係る証拠物件では、一定の地域内では、その事実(原告の商標と引用の商標とが各別の称呼を有し、取引者及び需要者間において誤信を生じないこと)が認め得られるのみで、国内のどこでも両商標は、この様な称呼に限られているものとは認めるに由ない。」と説示しているが、「一定地域内」とは、どこの如何なる範囲の地域であるか明示すべきであつて、これを明示せずして、単に一定地域というが如きは、審決に理由を記載しないのに異らない。更に右認定に当つても、単に原告の提出にかかる証拠物件というのみで、甲第何号証により、何号証を採用しないかを明示しないのは不当である。けだしこれを明示しなければ、「一定地域」の確定が、適法か違法か判断不可能であるからである。これを要するに、審決は書証の成立及び証拠力につき、判断を遺脱した違法がある。

最後に抗告審判において、原告は、証人として牧原仁兵衛外二名の尋問を申請しているのに、一人もこれを調べなかつたのは、審理不尽という外はない。けだしこれら証人の証言によるのでなければ、その尋問事項に記載した甲第七十四号証、第七十五号証、第百十七号証及び第百十八号証の成立及び立証趣旨を明らかにすることはできないからである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張事実等に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張はすべてこれを否認する。

(一)  原告の出願商標が、引用にかかる登録第一二一二四六号商標と互に類似する商標であることは、抗告審判の審決において説示しているとおりである。すなわち原告の商標は、更新登録を失した登録第四四三〇五号商標と同一で、しかも同登録商標は、旧商標法第三条第二項の規定によつて登録されたものであるから、右商標が、登録第一二一二四六号商標と取引上同一又は類似の商標であると当時すでに認定されていたものである。そして本願の商標は、現行商標法の規定による登録出願であるから、商標法第二条第一項第九号に該当するものとして登録が拒否せられるのはむしろ当然である。

原告は、審決理由中にある「同一の程度」、「誤信」及び「構成要素とその態様」の意味が不明である、審決は「取引上の実際と、その経験則上誤認混同を生ずる虞の当否」等の点を判断していないと批判しているが、いづれも審決理由の全体を精読すれば、充分理解し得るものである。

(二)  引用にかかる登録商標の第一回の更新登録当時、本願の登録商標と同一の登録第四四三〇五号商標が存在するにかかわらず、その更新登録がなされたことは、当時両者が非類似商標と認定せられた結果に外ならず、従つて本願の商標と引用の商標とは類似しないとの主張は、原告が、抗告審判において主張しなかつたものであるから、本件訴訟において、裁判上の判断の資料とならない。

ただ念のために一言すれば、旧商標法において、商標権存続期間の更新登録をなすについては、更新登録出願にかかる商標と、当時権利の存続中の既登録に係る商標と類似するかどうかを調査するものであるが、引用商標の第一回更新登録の審査に当つては、この商標と同一又は類似商標の関係にあり、かつ本件出願商標と同一の商標である登録第四四三〇五号商標が存在していたことは、右更新登録を拒否する事由にはならない。けだし商標権存続期間の更新登録においては、その性質上登録出願日は、最初に出願された出願日まで遡及するものと解すべきものであるからである。して見れば登録第一二一二四六号商標の出願は、登録第四四三〇五号商標の出願に先立つものであり、後者の存在は、前者の更新登録をなすに何等の妨げとならない。更に前者の登録出願が、明治三十三年十一月二十二日以前であることは明らかで、その出願の日は不明であるが、同商標は、旧商標法第三条第二項にも相当するものであることが推定されるから、この点からいつても、原告の主張は、その理由がない。

(三)  特許庁が審決をなすにあたり、原告から提出された証拠物全部をつぶさに審案していることは、今更いうをまたない。すなわち審決の認定の事実を見れば、抗告審判において、甲第一号証ないし第百十八号証を、審理の資料としていることは明白である。また甲第百十九号証は、幡谷仙三郎個人に関係するもので、原告と別個の人格者に係るものであるから、本件については、何等の根拠とならず、これが採用せられないのは当然である。証人の申出を採用しなかつたのも、訊問事項の記載に鑑み、その証言は、提出にかかる甲号各証の証明書の内容を敷えんするに過ぎず、その必要がないと認めたが為めに外ならない。

その他原告が挙げている各事項は、審決の全文を精読すればいずれも解し得るものであつて、審判には、原告のいうような重要な証拠調の法則に違背した点はない。

第四証拠<省略>

三、理  由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、その成立に争のない甲第一号証によれば、原告の登録出願にかかる商標は、別紙図面記載のように、内側に細線で亀甲廓を有する肉太の亀甲廓の内に行書体で(厳密に行書体といい得るかどうかは疑問で、審決もこれを草書体の程度といつているが、詳細は別紙図面によることとし、ただ便宜のために以下行書体と呼ぶ。)で「武」の文字を表わして構成されており、また、その成立に争のない乙第二号証の一によれば、審決が引用した登録第一二一二四六号商標は、やはり別紙図面記載のように、内側に細線で亀甲廓を有する肉太の亀甲廓の内に、楷書体で「武」の文字を表わして構成されているものであることが認められる。

三、よつて右両商標が類似しているかどうかを判断するに、先ずその外観についていえば、両者は、ともに二重の亀甲の輪廓の内に、「武」の文字を記載したものであつて、ただその「武」の文字が一方においては、行書体であるのに対し、地方においては、楷書体である点において相違するに過ぎない。しかも行書体といい、楷書体といつても、右両商標に記載されている程度においては、なるほど両者を並べて較べて見れば、ある程度の相違点は認められるが、これを商標の類否判定の基準である、時を異にし処を異にして、いわゆる離隔的に観察すれば、ひとしく漢字で書いた「武」の文字に外ならず、右両商標のおのおの外観から受ける印象は、互に錯そうし、その何れが原告の商標であり、何れが引用商標であるかを容易に告げることは、至難な程である。すなわち両商標は、外観上類似するものといわなければならない。

すでに両商標の構成が前述のようなものである以上、これから生ずる観念は、共に亀甲の輪廓に漢字の「武」であつて、類似というよりは、むしろ同一というべきである。

次に称呼について見るに、なるほど、証人武石郁次郎、金成満、清水五郎三の各証言によつて認められるように、原告の商標が、当初訴外武石郁次郎の使用したものであり、引用商標が、繁田武平の所有するものであることを知る人々にとつては、前者が「キツコータケ」、後者が「キツコーブ」の称呼を有することは、極めて自然であるであろうが、果たして一般の取引者、需要者のうち、どれだけの人々が、右のいわれを知り、右のいわれを正しい称呼を以つてこれを呼ぶであろうか。前記各証言によるも、いわゆる業者や専門家に取つては、この名称を区別し、更に両商標を一見して混同のおそれのないことを認め得るが、一般需要者の間にまでその知識が行きわたり、はつきり区別された称呼で呼ばれていると認めるに足りる証拠はない。して見れば、両商標ともに、あるいは「キツコータケ」あるいは「キツコーブ」と呼ばれ、その間確たる区別はなく、一を以つて他と混同するおそれが多いと考えるのが極めて自然である。

四、原告は、右判示と殆んど同一に出でた審決の判断を、商標類否判断の基準を誤つたといつて非難している。商標が類似するかどうかは、実際の取引を参酌し、取引の通念によつて決しなければならないことは、異論はない。しかしながら、原告が取引の実際において混同誤認のおそれがないとして引用する甲第百十七号証、同第七十四号証、同第七十五号証は、(その成立は、いずれも当事者に争がない。)出願及び引用にかかる商標に、さまざまの附記、着色、文字(そのうちには、前述のいわゆる正しい呼び名も、仮名文字またはローマ字で記載されている。)を配合して書き表わされているレツテルであつて、これらレツテルについて混同誤認の虞がないからといつて、当然に商標の類否の虞れがないものとはいえない。レツテルは、商標を使用する一つの態様に過ぎず、しかもこのような使用の態様は、決して一つに限られず、いかようにでも任意に定めることができるものであるから、これが類否の如きは、商標法第二条第一項第九号の商標の類否判断とは、おのずから別個のものといわなければならない。(引用にかかる大審院中大正十五年五月十四日判決は、同条第一項第十一号についての判例であつて、本件には適切でない。)

また原告の援用にかかる各証言が、特殊の業者、専門家の間における事柄に関することは、先に述べたところであり、また提出にかかる甲第一号証ないし第百十六号証(但し第七十四号、第七十五号証を除く。)によるも、原告の商標が、茨城県下、埼玉県、栃木県、長野県、東京都の一部における、主として、酒醤油類販売業者の間において、古くから原告会社の製造にかかる醤油の商標として知られている事実を認め得るに止まり、これが一般の需要者にまで広く認識せられている旨の記載は、たやすく採用しがたいところである。本件商標の指定商品である醤油のように、その需要者の大部分が、日常一般家庭の主婦である商品について、前記三における認定と異なり、原告主張のような、特殊の事情に基く観察を期待することこそ、むしろ取引の通念に反するものといわなければならない。

五、原告は、更に、大正九年十月の更新登録の出願にあたり、引用の商標は、原告の本件出願商標と同一構成の登録商標が存在するにかかわらず、登録を許容された事例を引いて、(右事実は、その成立に争のない乙第一号証、乙第二号証の一、二、甲第一号証を綜合して認めることができる。)両商標の間には、すでに大正九年当時商品の誤認混同を生ぜず、また将来もそのおそれがないと主張しているが、これらの商標が、外観、観念及び称呼において甚だしく類似し、混同誤認を生ずるおそれのあることは、前記三及び四に詳細に述べたところによつて明らかであるから、これについて、原告主張のような更新登録がなされた事実だけで、右の認定を覆えし、原告のいうように、将来においても、商品の誤認混同を生ずるおそれがないものと断ずることはできない。

なお、この点について、被告指定代理人は、原告主張の請求原因三の(二)の事実は、原告が抗告審判で主張しなかつたから、本件訴訟では裁判上の資料とならないと主張しているが、本訴は、特許庁が、その抗告審判において、審査官の拒絶査定を支持し、原告の商標は、商標法第二条第一項第九号に該当するものであるから、登録をすることができないとした審決が、違法であると主張して、その取消を求めている訴訟であるから、原告は、右の請求を維持するため、新たな事実の主張及び証拠の申出をなすことができ、当裁判所における判断の対象は、ひとり抗告審判において主張された事実及び申し出でられた証拠に限られるものと解すべきでないから、右の主張は採らない。

六、最後に原告は、特許庁における証拠調その他採証の法則に対する違背を理由として、審決を非難しているが、商標に関して準用せられる特許法第百二十八条の二の訴は、従前の特許法第百十五条に規定せられた大審院への出訴とは異なり、審決が法令に違反したことを理由とする場合に限らず、広く事実の認定に不服のある場合にも、これを提起することができ、右の訴訟においては、前段に述べたように、新たな証拠を提出し、改めて事実の確定を求めることができる反面、審決における証拠調その他採証の方法が適法であつたかどうかを、独立の論点として、審決の取消を求めることはできないし、またその必要がなくなつたと解するを相当とするから、この点については、特に判断しない。

七、以上の理由により、原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

原告の登録出願商標<省略>

引用商標

登録第一二一二四六号<省略>

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